肘関節の疾患
野球肘 上腕骨顆上骨折 変形性肘関節症 肘部管症候群 上腕骨外側上顆炎(テニス肘)
野球肘
野球肘とは、投球動作によって起こる肘関節の障害の総称です。野球肘の障害は、肘の外側、内側、後側の3つの部位別に大きく分けられ、年齢によって損傷される部位が異なるという特徴があります。投球動作中では、肩関節が最大外旋した時と、リリース(ボールを離したとき)直後で肘関節に負荷が掛かります。投げ過ぎや不良な投球動作によって肘にかかる負荷が大きくなり 痛みが発生します。 関連疾患として①靭帯損傷 、 ②上腕骨小頭離断性骨軟骨炎があげられます。
①内側側副靭帯損傷
前述の投球動作の繰り返しにより、肘の外反を制御する内側側副靭帯が障害され発症します。スキーでの転倒のような、 1回の外力で靱帯が完全に断裂する場合と異なり、野球肘では繰り返す牽引により靱帯が「伸びた」状態になっていることがほとんどです。これは、 靱帯の小さな断裂の繰り返しや変性(靭帯組織の劣化)によるもので、劣化したゴムに例えられます。投球歴の長いプレーヤーに多く発症します。
②上腕骨小頭離断性骨軟骨炎
肘離断性骨軟骨炎、上腕骨小頭骨軟骨障害とも呼ばれ、小学校高学年から中学校低学年に初発することが多い、野球肘外側型障害の代表的なものです。繰り返す投球動作における外反ストレスにより、上腕骨小頭(肘関節を形成する上腕骨の肘側の端の外側部の球状の部位)の骨軟骨が変性、壊死を生じるものです。病名に「炎」とありますが、実際には炎症性の疾患ではありません。
症状
投球時の肘関節内側痛が主な症状です。特に、テークバックからの加速期に痛みが起こります。日常動作では無症状のことがほとんどですが、重症例では日常動作で肘の不安定感(ぐらつく感じ)、痛みを訴えるケースもあります。また、頻度は低いですが、不安定性により肘の内側を走行する尺骨神経が障害され、手の小指側(尺側)にしびれや感覚障害が生じることもあります。症状が進行すると、病巣部の骨軟骨片が遊離して関節内遊離体(関節内を移動する状態になることで、関節ねずみとも呼ばれます)になると、引っ掛かり感やロッキング(遊離体が関節 の中に挟まり、肘関節がある角度で動かなくなること)を来し、滑膜炎と呼ばれる関節内の炎症を起こすこともあります。
保存療法紹介
初期例(透亮期や分離期の一部)では局所安静、投球禁止により病巣の修復、治癒が期待できます。しかし、実際には6か月から1年間、場合によっては1年以上の長期にわたり投球動作を禁止することもあります。また、投球の再開により再発するケースもあります。したがって、初期例であっても長期の投球禁止を望まないケースや再発例では手術を行うこともあります。 リハビリテーションでは、生活指導による安静指示と運動療法では関節不安定性の軽減のため、筋力増強訓練を行います。
手術療法紹介
進行したケース(分離期の後期、遊離期)では、再び投球を可能にするために、そして将来的な障害を残さないために、手術をお勧めします。具体的な手術としては、
- 遊離した骨軟骨片の摘出
- 遊離しかけた骨軟骨片を再固定し、病巣部に新たな骨が出来ることを促す方法(骨釘移植)
- 遊離した骨軟骨片の再固定が困難な場合には欠損した肘の関節面にからだの他の部位から骨軟骨を移植し、関節面を形成します(関節形成術)
などがあります。これらの手術方法は、病巣の状態により使い分けます。手術後のリハビリテーション、投球再開の時期は病期、手術法により異なりますが、おおむね6か月程度で全力投球が可能になります。
上腕骨顆上骨折
交通事故、労働災害、高所からの落下などの大きな力が加わっておこる骨折は若年、中高年に多く、直接打撲したり手をついて捻ったりした時に発生します。一方、ささいな転倒など比較的小さい力が加わっておこる骨折は骨粗鬆症のある高齢女性に多くみられます。骨折片で神経や血管が損傷されると、手や指がしびれたり、 動かせなくなることがあります。
症状
肘の周囲に強い痛みがあり、そのため肘を動かすことができません。受傷から時間が経って骨折部のずれ(転位)が大きいと、皮下に血がしみ出て変色します。ときに骨折部のずれが大きいと神経の損傷(しびれや麻痺)や血管が傷つくことがあり、治療が大掛かりになります。
保存療法紹介
転位(骨折部にズレ)が少ない場合は、主に保存療法で行っていきます。保存療法ではギプスやシーネなどを用いて、手首から肘まで数週間~1カ月ほど固定します。
手術療法紹介
骨折転位(骨片のズレ)がないか、わずかの場合にはギプスや装具による治療を行いますが、残念ながら大多数は手術が必要となります。小児では麻酔下に整復して経皮ピンニングで治療可能です。若年、壮年の場合には手術をして関節面を正確にもどし、プレートやスクリューでしっかりと固定します。早期からリハビリテーション下で関節を動かさないと、 癒合不全(骨のつきが遅くなったり、骨がつかない)や拘縮(関節が固まってしまう)が起こり、職場復帰は難しく、治療期間も長びくことになります。高齢者では、骨粗鬆症などで骨がもろいため、手術をしてプレートなどでしっかり骨折をとめておかないと、簡単にずれてしまいます。その他、皮膚の上から金属製のピンで固定することもあります。
変形性肘関節症
変形性肘関節症は、運動や労働などにより肘の中の軟骨がすり減り、次第に骨が変形する疾患です。初期は肘に負担がかかると痛みがありますが、進行すると骨棘(こつきょく)と呼ばれる骨の棘があらわれ、肘の動きが悪くなり、日常生活の動作でも痛みを感じるようになります。時には関節の軟骨が剥がれ落ち、遊離体となって関節の中で引っかかったりします。さらに変形が高度になると、安静時にも痛みが生じるようになります。また、肘を走行する神経が圧迫され、手のしびれや脱力感が生じることもあります。
症状
はじめは安静にしていると痛みは少なく、運動や作業など肘の曲げ伸ばしで関節に負荷がかかったときだけに痛みを感じます。変形が進行すると服の着替えや食事などの日常動作でも痛みを感じるようになります。変形が進行して神経の圧迫が起こると、手のしびれや手の筋力低下がおこります。障害が起こりやすい神経は尺骨神経で、この神経が圧迫を受けると手の小指側がしびれてきます。症状が進行すると手の間の筋肉が痩せてきて物をつまむ力が低下します。
保存療法紹介
変形性肘関節症の治療は、痛みが強く、動きに制限があっても保存的療法が基本となります。ただし、神経に障害が起こると症状によっては手術治療が必要になります。痛みに対し湿布などの外用薬や消炎鎮痛剤を服用し、痛みと炎症の軽減を図ります。理学療法では、温熱療法、超音波治療などを行い、肘関節部の除痛と消炎をはかります。可動域を維持するための訓練や、進行予防のための筋力訓練などもあわせて行います。神経の圧迫によるしびれが出現した場合には低周波などの治療も追加して行います。
手術療法紹介
骨棘や遊離体が痛みの原因になっている場合には、関節鏡で骨棘の切除や遊離体の除去を行います。また神経の圧迫により手のしびれや筋力低下が生じた場合は、神経剥離や神経移行術などを行います。いずれの場合も肘の変形は戻らないので手術後も変形は残存したままです。骨や軟骨の破壊が著しく、どうしても痛みを取りたい場合には、膝などと同じように人工の関節で置き換える手術を行うこともあります。
肘部管症候群
肘の内側の部分で、尺骨神経という神経が傷むことで、小指側にしびれがきたり、手の細かい動きが上手にできなくなる病気です。末梢神経障害の中で 2 番目に多く、日常よく遭遇する病気ですが、最近は肘部尺骨神経障害と呼ぶ傾向にあります。
症状
初期は、小指と薬指の一部にしびれや痛みを感じます。尺骨神経は手のひら側の指と、甲側の両方に通っているため、指全体がしびれるのが特徴です。肘から手首までの広い部分の内側に痛みを感じることもあります。進行すると手の筋肉がやせて、小指と薬指の変形が目で見てわかるようになります。指を伸ばそうとしても小指と薬指が完全に伸ばせなくなり、指をそろえられない、小銭が掴みづらい、箸が使いづらい、といった症状が出てきます。
保存療法紹介
薬物の投与・肘の安静などの保存療法をまずは行います。これらの治療が無効の場合や麻痺が進行しているときには、尺骨神経を圧迫している靱帯の切離やガングリオンの切除を行います。
手術療法紹介
手術療法としては、症状が進行しており保存療法で効果がみられない場合や腫瘍(ガングリオンなど)による圧迫、骨折・脱臼などの外傷が原因で、痛み・しびれなどが増強し日常生活に支障がある場合は 手術が必要となります。
上腕骨外側上顆炎(テニス肘)
中年期以降によくみられ、テニス愛好家に生じやすいのでテニス肘と呼ばれますが、実際はテニスをしない方でも比較的よくみられる病気です。最近ではパソコンをしていて痛みが出だしたりする方もいます。物をつかんで持ち上げる動作やタオルを絞る動作をすると、肘の外側から上腕にかけて痛みが出現します。痺れを伴わないのですが、疼きを痺れのように感じる方もいます。多くの場合、安静時の痛みは強くありません。
症状
年齢とともに肘の腱の質がやや低下してくるのに加え、無理が加わると痛みが生じてきます。主に短橈側手根伸筋(たんとうそくしゅこんしんきん)の起始部が肘外側で障害されて生じると考えられています。このため、手首を伸ばすと痛みが出ますが、手首を曲げてもあまり痛みが出ないのが特徴です。(このため雑巾を絞る時に痛みが出ますが、逆に戻す時には痛みを感じません。) 痛みが続く場合はMRIで滑膜ひだや伸筋腱の評価を行い、治療方針を決めます。
保存療法紹介
原則的に保存的治療を行ないます。一番大事なことは、原因となる手の動きをやめて安静にすることです。また、症状の強さによっては湿布や外用薬を使用するだけでなく、肘の外側にステロイドの注射をしたりテニス肘用のバンドを装着したりします。保存療法を行なっても治りにくい場合に手術することもありますが、基本的には保存療法で症状をある程度コントロールすることが可能です。
最近は、難治性の疼痛に対して体外衝撃波治療や再生医療(PRP)の有用性が報告されています。
手術療法紹介
保存治療で軽快せず、長期に渡って症状が改善しない難治例が手術適応となります。特に安静時痛、筋力低下、有痛性轢音が残存する例がよい適応です。内視鏡で関節内を確認し、滑膜ヒダ、伸筋腱、関節包を評価して、痛みの原因となる滑膜ヒダや遊離体、変性した伸筋腱等を郭清します。MRIで伸筋腱変性断裂を認めた場合は、約3cmの小切開でアンカー糸を用いて伸筋腱の再建を行います。術後は2週間三角巾固定とし、重労働は2〜3カ月控えます。